クトゥルフ神話とは
今回は「クトゥルフ神話」について調べてみました。クトゥルフ神話がどのようにして生まれ、どのような特徴を持ち、そして現代の私たちにどのような影響を与え続けているのか、お話ししようと思います。
ラヴクラフトの人物像と時代背景
まず、クトゥルフ神話の成り立ちを知る上で欠かせないのが、その創始者である一人の作家の存在です。彼の名は、ハワード・フィリップス・ラヴクラフト。
ラヴクラフトは、1890年にアメリカのロードアイランド州プロビデンスで生まれ、1937年にその生涯を閉じました。彼が生きたのは、19世紀末から20世紀初頭にかけての、科学技術が飛躍的に発展し、古い価値観が揺らぎ始めた時代です。天文学の進歩によって宇宙の広大さが明らかになり、物理学ではアインシュタインの相対性理論が、それまでのニュートン的な世界観を覆しました。
ここで少し、アインシュタインの相対性理論が、それまでのニュートン的な世界観をどう変えたのか、簡単に触れておきましょう。
ニュートン物理学では、時間も空間も絶対的なもの、つまり誰にとっても同じように流れて、同じように広がるものだと考えられていました。私たちの日常生活ではこの考え方で十分ですし、非常に直感的です。しかし、アインシュタインが提唱した相対性理論は、この常識を覆しました。
彼は、時間や空間は、観測する人の速度や重力の影響によって相対的に変化するという、驚くべき事実を示したのです。例えば、非常に速く移動する物体の中では時間の進みが遅くなったり、大きな重力のある場所では空間が歪んだりするとされています。これは、宇宙の根本的なあり方が、私たちの日常的な感覚とは大きく異なることを意味しています。このような、人間中心ではない、より広大で不可解な宇宙の姿が、ラヴクラフトの作品が描く宇宙的恐怖の根底にあると考えられます。
こうした時代の空気は、ラヴクラフトの作品に色濃く反映されていると考えられます。彼は人間が理解し得る範疇を超えた存在、あるいは宇宙的な恐怖を描くことで、読者に根源的な不安や畏怖の念を抱かせようとしました。
彼は幼い頃から病弱で、正規の教育をあまり受けられなかった一方で、祖父の書斎にあった膨大な蔵書を読みふけり、独学で天文学や化学、そして古典文学に親しんだと言われます。特に、19世紀の怪奇小説家エドガー・アラン・ポーからは、多大な影響を受けました。
ラヴクラフトの作品が主に発表されたのは、『ウィアード・テイルズ』をはじめとする、当時流行していた「パルプ・マガジン」という安価な大衆向け雑誌でした。そのため、生前の彼は一部の熱心な読者を除いて、文学的に高く評価されることはなく、経済的にも恵まれないまま、その生涯を終えることになります。
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共有される神話世界
しかし、ラヴクラフトは孤独な作家であったわけではありません。彼は手紙魔として知られ、オーガスト・ダーレスやロバート・ブロック、クラーク・アシュトン・スミスといった、同時代の多くの作家たちと非常に活発な文通を行っていました。この作家たちの集まりは、後に「ラヴクラフト・サークル」と呼ばれるようになります。
彼らは手紙の中で互いの創作について語り合い、アイデアを交換しました。そして、ここが重要な点なのですが、彼らは互いの作品に、共通の神々の名前や、架空の地名、禁断の書物といった固有名詞を登場させたのです。例えば、ラヴクラフトが創造した神の名をダーレスが自作に登場させ、ダーレスが考えた地名をラヴクラフトが使う、といった具合です。
このようにして、一人の作家の想像力から生まれた世界観は、複数の作家が共有し、それぞれの作品を通して肉付けしていく、一種の共同創作プロジェクトのような様相を呈していきました。これが、クトゥルフ神話がひとつの巨大な体系へと発展していく土台となったのです。
名称の由来と整理
それでは、いよいよクトゥルフ神話そのものの内容に入っていきましょう。
まず、「クトゥルフ神話」という名称ですが、実は創始者であるラヴクラフト自身が使っていた言葉ではありません。彼は自身の作品群を特に体系化してはおらず、特定の名称で呼ぶこともしなかったようです。この「クトゥルフ神話」という名前を付け、ラヴクラフトの死後にその世界観を整理し、体系化したのが、先ほども名前を挙げた友人の作家、オーガスト・ダーレスでした。ダーレスは、ラヴクラフトが遺した数々の作品や断片的なメモから、共通する要素を抽出し、一つの「神話」としてまとめ上げたのです。ダーレスは、ラヴクラフトの代表的な短編の一つである『クトゥルフの呼び声』に登場する、旧支配者の一体「クトゥルフ」の名を冠して提唱したとされています。
宇宙的恐怖という核心
では、その神話の中核をなす思想とは何でしょうか。それは、「コズミック・ホラー」、日本語では「宇宙的恐怖」と訳される概念です。
一般的なホラー作品が、幽霊や殺人鬼、悪魔といった、人間にとって理解可能、あるいは少なくとも敵対者として認識できる存在を恐怖の対象とするのに対し、コズミック・ホラーが描くのは、まったく質の異なる恐怖です。その根底にあるのは、広大無辺な宇宙において、人類の存在や知性、価値観がいかにちっぽけで、無意味なものであるか、という冷徹な事実を突きつけられる恐怖でしょう。
クトゥルフ神話に登場する存在たちは、人間に対して特別な悪意を持っているわけではありません。彼らは、人間が足元の蟻を気にかけないように、人類のことなど全く意に介さないのです。その存在はあまりに巨大で、古く、異質であるため、人間がその真の姿や目的を理解することは決してできません。そして、万が一その知識の片鱗に触れてしまった者は、自らの世界観が根底から覆される衝撃に耐えきれず、正気を失ってしまう。これこそが、クトゥルフ神話における恐怖の本質とされています。ラヴクラフトは、「人類最古にして最強の感情は恐怖であり、最も古く最も強い恐怖は、未知への恐怖である」という言葉を遺していますが、まさにその思想を体現した世界観と言えるかもしれません。
神々と異形のものたち
この宇宙的恐怖を象徴する存在として、神話には数多くの神格が登場します。それらは大きく「旧支配者(グレート・オールド・ワン)」と「外なる神(アウター・ゴッド)」に分類されることが多いです。
まず「旧支配者」ですが、これはかつて地球を支配していたものの、現在は活動を休止し、眠りについている強力な存在たちです。その中でも最も有名なのが、この神話の名前の由来にもなった「クトゥルフ」でしょう。
クトゥルフは、タコのような無数の触手を持つ頭部に、鱗に覆われたゴムのような身体、そして背中にはコウモリのような翼を持つ、巨大な姿で描かれます。彼は、太平洋の深海に沈んだ石造都市「ルルイエ」の中で、特定の星々が天空に正確な配置につくその時まで、死んだように眠り続けているとされます。「死せるクトゥルフ、ルルイエの館にて夢見るままに待ちいたり」という一節は、神話の中でも特に象徴的な言葉です。
次に「外なる神」。こちらは旧支配者よりもさらに上位の、宇宙的な規模を持つ存在たちです。その筆頭に挙げられるのが、「アザトース」。彼は、秩序のない宇宙の中心で、知性も目的もなく、ただフルートや太鼓の音色に合わせて蠢いているとされます。この世の万物は、アザトースが見ている悪夢に過ぎず、もし彼が目覚めることがあれば、宇宙そのものが瞬時に消滅すると言われます。創造主でありながら、その自覚すらない、人間の存在や営みなど全く意に介さない、根源的な混沌そのものを体現した存在であると言えるでしょう。
そしてもう一体、重要な外なる神として「ヨグ=ソトース」がいます。彼は「門にして鍵」と称され、時間と空間そのものであるとされます。過去、現在、未来のあらゆる時空に同時に存在し、この宇宙の森羅万象すべてを知っている。しかし、その知識はあまりに危険で、人間に理解できる形では与えられません。彼に接触しようとする者は、時空の迷宮に囚われ、狂気に陥ると考えられています。
また、これらの神々とは少し毛色の違う存在として、「ナイアーラトテップ」がいます。彼は「這い寄る混沌」とも呼ばれ、他の神々が人間に関心を示さないのとは対照的に、積極的に人間社会に関わってきます。様々な姿に化身し、時には預言者や科学者として人々の前に現れ、甘言と偽りの知識で彼らを惑わし、破滅へと導くことを楽しむ、純粋な悪意の化身のような存在です。
こうした神々の他にも、クトゥルフ神話の世界には、おびただしい数の異形の生物たちが登場します。例えば、定まった形を持たない黒い粘液状の怪物「ショゴス」。あるいは、マサチューセッツ州にある架空の港町「インスマウス」を陰で支配する、半人半魚の種族「深きものども(ディープ・ワン)」。彼らは人間と交配し、その血を引く者は、やがて水棲の祖先へと変貌していくという、忌まわしい特徴を持っています。
ネクロノミコンと禁断の知
これらの神々や生物に関する禁断の知識は、いくつかの魔導書に記されているとされます。その中で最も有名なのが「ネクロノミコン」です。これは、西暦730年頃に「狂えるアラブ人」アブドゥル・アルハザードによって書かれたと設定されている架空の書物です。そのあまりに詳細で説得力のある設定から、現実世界でも「ネクロノミコンは実在するのではないか」としばしば噂されるほど、絶大な知名度を誇ります。
ダーレスによる体系化と評価
さて、ここで再びオーガスト・ダーレスの話に戻ります。彼が行った体系化は、クトゥルフ神話が後世に広まる上で大きな役割を果たしました。しかしその一方で、彼の解釈はラヴクラフト本来の思想とは異なるとする批判も存在します。
ダーレスは、ラヴクラフトが描いた混沌とした宇宙観を、より分かりやすい「善と悪の対立」という構図に落とし込もうとしました。彼は、クトゥルフをはじめとする「旧支配者」を悪しき存在と位置づけ、それに対抗する善なる神として「旧神(エルダー・ゴッド)」という新たなカテゴリを設けたのです。また、神々を火・水・風・地といった四大元素に分類するなど、神話をより整理されたシステムとして構築しました。
このダーレスによる整理は、後続の作家たちが神話の世界観を使って新たな物語を書きやすくしたという功績があります。しかし、宇宙的恐怖の根源である「人間の価値観が通用しない、冷淡で無関心な宇宙」というラヴクラフトの核となるビジョンが、善悪二元論によって薄められてしまった、と考える研究者やファンも少なくありません。どちらの解釈が正しいというわけではなく、クトゥルフ神話には、創始者ラヴクラフトの原初的な恐怖と、ダーレス以降の作家たちが拡張した物語的な側面の両方が、豊かに混在していると考えるのが適切なのかもしれません。
広がり続ける神話の影響
こうして形成されたクトゥルフ神話は、ラヴクラフトの死後、時を経てその評価を高め、今や現代のポップカルチャーに欠かすことのできない巨大なコンテンツとなっています。
小説や映画、漫画、アニメ、ゲームなど、あらゆるメディアでクトゥルフ神話に影響を受けた作品を見つけることができます。特に、神話の普及に絶大な貢献をしたのが、『クトゥルフの呼び声』というテーブルトークRPG、いわゆるTRPGの存在でしょう。このゲームでプレイヤーが演じるのは、超人的なヒーローではなく、ごく普通の一般人です。彼らは、奇怪な事件を調査するうちに、人知を超えた神話の存在に直面し、その恐怖によって「正気度(SAN値)」と呼ばれるパラメータを失っていきます。「SAN値が減る」という表現は、ゲームを知らない人の間でもミームとして広まるほど有名になりました。このTRPGを通して、多くの人々が、ただ物語を読むだけでなく、自らが神話世界の登場人物となって宇宙的恐怖を体験する機会を得たのです。
さらに、直接クトゥルフ神話の名前を冠していなくとも、そのコズミック・ホラーの要素や、人間の理解を超えた存在への畏怖、あるいは禁断の知識に触れることの危険性といったテーマは、様々なSFやホラー作品、ファンタジー作品に大きな影響を与えていると考えられます。例えば、巨大で異形な存在が登場する作品や、人間の理性が崩壊していく様を描いた作品の中には、クトゥルフ神話から着想を得たと思われる要素を見出すことができるでしょう。
クトゥルフ神話がこれほどまでに広がりを見せた理由の一つに、その著作権の扱いも関係していると考えられます。ラヴクラフトの作品の多くは、現在パブリックドメイン、つまり知的財産権が消滅した状態にあります。これにより、世界中のクリエイターが、許可を得ることなく自由に神話の要素を自作に取り入れ、新たな物語を紡ぐことが可能になりました。
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クトゥルフ神話は今も生きている
ラヴクラフトが種を蒔き、ラヴクラフト・サークルの作家たちが水をやり、そしてダーレスが体系という名の骨格を与えたこの神話は、今や無数のファンやクリエイターたちの手によって、絶えず枝葉を伸ばし続ける、巨大な共有世界、「シェアード・ワールド」の先駆けとなったのです。それはもはや、特定の個人の著作物という枠を超え、21世紀の現在もなお、進化を続ける「生きた神話」であると言えるでしょう。
いかがでしたか?今回は「クトゥルフ神話」について調べた内容をご紹介しました。もし楽しんでいただけたなら、ぜひ高評価やチャンネル登録をお願いします。それではまた次回、お会いしましょう。
